例えば、何でも話せる男友達がいたとします。あなたはその男友達に、仕事のこと、上司の悪口、仕事覚えの悪い若いアルバイトの女の子のこと、それこそ、前の彼氏と別れた理由まで話しています。
でも、あくまでも友達。
周りからは「仲いいんだから、付き合っちゃいなよ~」と言われても、「え~、悪いけど、男には見えないよ~」と答えます。実際そう思っていました。
ところがある日、仲のいい女友達のA子がその男友達と付き合うことになったことを聞かされます。その時、心の奥のほうからむくむくとある思いがわきあがってきます。そう、「嫉妬」です。男友達がフリーのときは、自分が付き合おうなどとは全く考えられなかったはずなのに。嫉妬は、全く気づいていなかった自分の気持ちを気づかせてくれます。
自分には、「自分が知ってる自分」「自分と人が知ってる自分」「人が知っている自分」「誰も知らない自分」があるといわれています。案外自分というのは分かっているようで分かってない部分が多いものだと思います。
人は良くも悪くも「変わっていくもの」だと思います。
たくさんのお金を手にすることで傲慢になる人も居ますし、転落することで腐っていく人も居ます。人を見て、「絶対に自分はああはならない」と思っていたのに、あっさり同じ落とし穴にはまってしまうこともあります。状況が変われば、鉄板だと思っていた判断が、あっさり覆ってしまう…。
落とし穴にはまってしまわないためにも、自分を自分でコントロールすることが大切になってきます。そのためにも自分が分かっていない自分を知る機会というのはあったほうがいいと思います。
栗原はるみさんは、テレビや雑誌にもひっぱりダコの人気お料理研究家の方ですが、自分が忙しくなればなるほど、周囲の人への気遣いを大切にしているのだそうです。常に「私は以前と比べて傲慢になっていない?」と周囲に質問するんだそうです。
周りに素直な意見を言ってくれる人がいる場合は、いい方法だな…と思いました。
作家の秋元康さんは、1年に1回嫌いな人に会うのだそうです。嫌いな人というのは、自分に似ているか、自分の譲れない部分を刺激する人なのだそうです。嫌いな人を鏡にして、自分を写すという方法ですね。ちなみに秋元さんは、プロデューサーという仕事上、色々なことを計算していかなければならない仕事なのですが、相手が計算しているのを察すると、「こいつ嫌なヤツだな…」と思うのだそうです。人って面白いですよね。
ちなみに自分の場合ですが…
どうしてもイライラして許せない人が居たとします。まだ繕った笑顔で話しが出来る状態のうちに、その感情はどうして起こるのか悶々と精査を始めてみます。昔読んだ本とかを引っ張りだして、似たような感情がなかったか調べたりして、自分がここまでイラつく理由を探します。雑念が多い場合は、とりあえずお気に入りの神社とか気持ちがいいなと思える公園の水場とかまで足を運びます。気持ちのいい空間に行くと、ふっと「なんか気持ちいいな」と無になる瞬間があります。そんなときに、「もしかしたら、こういうことかな…」と自分と相手を客観的にみることが出来ることがあります。
こういうのって「プチ瞑想」と言ってもいいのかな…と思います。
瞑想や座禅でなくても、車を運転するとか、音楽を聞くとか、お風呂にゆっくり入るとか…自分なりの方法で意識的に「無」を作ることに努めることで、自分コントローラーのハンドルを握ることが出来ると思います。そして大切なのが、「まだ精神的に余裕があるときからスタートする」ということ。追い詰められすぎると、冷静になることも難しいし、その先の選択肢が極端に少なくなりがち。私も思いつめやすく、通り越すと今度は体を壊していく方向になるので、注意しています。
自分コントローラーを発見できたら、自分コントロールは少しラクになると思います。